人のため人のためって,,,,本当に思ってんの?

人のため人のため、って言いながら僕は『夢プレゼン』というもの今年の1月に開催した。

 

 

みんなが夢を発表できる場所。

 

 

関わってくれた『みんなのため』になるようなモノを作りたい。

 

 

 

 

 

 

 

と、言葉では言っていた。

 

 

 

 

でも、心の中ではそんなこと1ミリも思ってなかった。

 

 

 

本当は自分が目立ちたいから、

チヤホヤされたいから、

就職に有利だから、

カッコいいから、

もっと成長できるから、

自分が自分が自分が自分が自分が!!!!

 

 

 

 

全部ベクトルが自分に向いていた。

 

 

 

 

 

だから、イベント後のプレゼンターやスタッフとの関わりもほとんどなかったし、その関係を大切にできていなかった。

 

 

 

 

 

なぜなら、それは自分のことしか考えてなかったから。

 

 

 

 

 

先日、僕はある塾のアルバイトの面談を受けた。

 

 

 

 

 

そこで、最後に聞かれたことに僕は10分間くらい答えることができず固まった。

 

 

その質問は、

『あなたは自分の身を削ってまでも生徒に尽くすことができますか?』だった。

 

 

 

 

それまでも、僕は私生活の中で、ブログや掃除などで、『みんなのため』を思ってやっていると言葉では言っていた。

 

 

 

 

 

でも、いざ逃げられない状況で、生徒のために身を削れるか?と聞かれた時、10分も固まってしまったということは、まだまだ心から『みんなのため』って思えてなかったということに気がついた。

 

 

 

 

 

 

こうやって窮地に立たされて、今まで本当は自分のことしか考えていない自分が浮かび上がってきた。

 

 

 

悔しくて恥ずかしくて、僕は泣いた。

 

 

 

 

 

俺。俺のことしか考えてねぇじゃん。

ダサすぎた。

 

 

 

 

 

 

でもさ、今、僕はそれでいいと思う。

誰だってたぶん自分のことが1番大好きなんだと思う。

 

 

 

 

あのときなんで悔しかったかというと、自分のことばっかり考えてた自分が悔しかったんじゃなくて、【自分のためってことを隠そうとしていた自分に初めて気づいたから】悔しかった。

 

 

 

 

人のために、何かをしている人って、たしかにカッコいいよ。

 

 

 

僕もそんな風になりたかったのかもしれない。

 

 

でも、そういう人って自分が大好きだし、そんな大好きな自分も嫌な自分も全部さらけ出しているからカッコいいんだと思う。

 

 

 

 

 

みんなのためになりすぎても、それはお節介になることもあるし、自分が苦しくなってくるでしょ。

 

 

 

 

 

 

最初は自分のためにやっていいと思う。

それがだんだんみんなのためにもなってきて、最終的に

 

 

自分のため=みんなのため

 

 

 

になれば俺はいいんだと思う。

 

 

 

 

 

そんなことを今回の面接を通して気づいた。